ふるさと調月(つかつき)の歴史 魅惑のくだものチェリモヤ

大和・飛鳥時代から江戸時代までの調月荘を巡る記録


 紀元前210年 中国は秦の始皇帝時代、徐福は中国大陸から童男・童女三千人と百工を率い、五穀の種を携えて集団渡来。日本列島に優れた稲と水田稲作をはじめ長江流域のすぐれた弥生文明をもたらした。その一族の末裔は私たち多くの日本人の先祖となった。その頃はまだ、豪族らの小国でまとまったまとまった国はなかった。
 じょ   ふく  「不老長寿の薬草探し」の徐福伝説は、上陸地における争いを避ける口実だった
弥生の
和国
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大和国
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の古代史
徐福 紀元前210年 童男女・百工 数千人を連れた集団渡来だった

14世紀にわたる大芝居を打った古事記・日本書紀

乗っ取られた飛鳥朝廷
−そのとき歴史は創られた−

古事記・日本書紀に史実を改竄・偽作された日本の古代史 その策謀は・・・


和国建国の始祖王・須佐之男命
古事記・日本書紀に暴れ神にされた須佐之男尊 実は和を重んじた覇王だった


三輪山の大神神社大物主大神として鎮座する
  
日本王朝・大和国を建国した須佐之男尊の三男

大歳(饒速日)尊は大和の大王だった
大和朝廷の開祖 天照御魂大神だった



日本書紀が打った大芝居に 国民は長らく酔いしれた

聖徳太子の真相を糺す


これでこ解けた
   

            邪馬台国は大歳(饒速日)尊の創建した大和国だった
        偽作した日本書紀を 大岡越前守忠相が裁く大法廷

日本書紀の捏造事件裁判


 最終編集:2010年01月03日