| 【史実を誤魔化した神話 神代というような時代はなかった】 更新:2007年10月07日
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古今東西、歴史上のすぐれた人物には伝説や伝承があるのが通例で、それは何らかの史実を投影しているであろうと思う。 記紀の神代神話で有名な須佐之男尊(以下、スサノオと略記)は、伊弉諾尊(イザナギ)・伊弉冉(イザナミ)の子神で、天照大神・月読命を三姉弟とし、アマテラスの弟にしている。しかし、これは記紀の大嘘だった。 実は、スサノオが日向を平定・統合したとき、向津姫(記紀のアマテラス=イザナギの娘)を現地妻にしたことから、イザナギは義父43)にあたる。 スサノオの乱行が過ぎるので、根の国に追いやったとしている。根の国とは古代の他界観の一つで、死者の霊が行くと考えた地下の世界、また海上彼方の世界。黄泉の国・根堅州国 16)ともいう。記紀を穿って読めば、「スサノオの史実を葬った」ことを暗に示唆していることに気付いた。 神代と云えば遙か彼方の想像を絶する太古のことと思いがちであるが、古代ギリシアでは紀元前七世紀にはすでに「ギリシャ哲学」が草創期にあった16)し、中国大陸では起原前 221年に秦始皇帝が韓・趙・魏・楚・燕・斉を滅ぼして統一王朝を建てている。また、紀元前210年には秦朝の配下にいた方士・徐福(徐市とも)が、中国大陸から数千人を連れて日本列島に移住し、日本各地に長江(揚子江)流域の水田稲作や養蚕、機織り技術等、大陸の優れた文明・文化を伝えている。 また、イタリアの観光地として有名なナポリ湾岸に在るポンペイ遺跡が、ベスビオ火山の大噴火で埋没・壊滅したのはAD79年だという。 ポンペイは紀元前五世紀から栄えた町で、埋没前にはすでに水道が敷かれ塀は漆喰と瓦を使っていて、強固な石造建築の姿を今に見せている。 噴火に埋もれた街中には大劇場や大衆プールもあり、商店街には果物屋・鶏肉屋、パン工房など、各種の店が軒を連ねていた。 歓楽街には居酒屋や女郎屋跡まで発掘されている。整然と区画された街の道路は立派な石畳で、馬車や荷車の轍(わだち)が今も歴然と残っている姿をこの目で見てきた。ここでは、すでに紀元前後にはそのくらい文明が発達していたのである。 東海の孤島・日本列島は、中国大陸やヨーロッパよりも文明が遅れていたとしても、スサノオが生まれたのが紀元前後の頃だとすれば、決して神代などと云えるものでない。 記紀の編者は、和国建国の始祖王スサノオ、大和建国の覇王で、「皇祖天照魂神」として、各地の天照神社に祀られていたスサノオの御子・大歳(饒速日)尊一族の史実を抹殺するために色々と苦心したのであろう。しかし、どうもうまくいかなかったので、神代のお伽話にして絵空事で誤魔化した43)ものとみえる。 スサノオは、多くの神社の主祭神として祀られ、また全国津々浦々の神社に配祀されている。古神社の縁起や伝承・考古史料・中国の史書などに残る記録からスサノオの活躍時代やその偉業を考証しようと思う。 最近になって、弥生から古墳時代にかけて活躍した人物の墓碑が、古墳や宮跡に残る記録のコンピュータ画像処理で明瞭に解析59)され、それらから在世年代が傍証できるようになった。 本文には多くの人名が登場するが、一々関係を説明すると煩雑になるので、文末に古神社の縁起や伝承記録から作成された人物名とその系譜43)を図示したので予め参照いただきたい。また、西暦紀元前をBC、紀元後をADと表記する。 |